赤毛のアンと世界一美しい島

~ここにしかないプリンス・エドワード島に出会う~
トラベルエッセイ

僕とアンが見つけた14の物語

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赤い大地の贈り物

「長いプラットホームには人気はなく生きものといえば、ホームのいちばんはずれの砂利の山の上に、女の子が一人、すわっているだけだった」-(モンゴメリ著/村岡花子訳/新潮文庫刊「赤毛のアン」より)

そう。「赤毛のアン」の物語に初めて登場した時、アンは「砂利の山」の上に座っていたんだ。

本の挿絵や舞台では、駅のベンチや自分のカバンの上だったりする。

でも、孤児院からやってきた11歳のアンが、自分をもらってくれる優しい人を待つ間、ひとり座っていたのは「砂利の山」。

PEIの大地は、どこまで掘っても出てくるのは赤い土ばかり。砂利は出てこない。

だからこそ、線路用に島の外から運び込まれた貴重な砂利が、駅の端っこに積み上げられていたというわけだ。

アンもPEIの土の色に驚いている。

「この赤い道とてもおもしろいわ。シャーロットタウンで汽車に乗ってから、赤い道路をわきに見てどんどん通り過ぎていくので、どうしてあんなに赤いのって、スペンサーの小母さんにきいたのよ」
「ねえ、どうして道が赤くなるの?」―(同)

アンの時代もそして今も、この島の赤い土が生み出す代表的な実りがジャガイモだ。

カナダ一国で食べられるジャガイモの3割をまかない、誰もが知っているハンバーガー・チェーン店の「ポテト」にも使われていると聞いた。

PEIと言えばジャガイモなんだそうだ。だからその収穫風景を見てみたい。

雨の後では巨大なトラクターが赤土に沈み込んでしまうため、収穫はできないらしい。

たしかにここ数日、少し雨が降っていた。けれど、きょうは太陽も出ていたし、畑の土もだいぶ乾いたんじゃないだろうか。

そんな思いで車を走らせていると、ようやくジャガイモを運ぶ「ポテト・トラック」に遭遇できた。

日本なら、家族で暮らす一軒家ほどもある巨大なトラクターが、畑のジャガイモを次々とすくい上げている。

なるほど、これだけ巨大なら、畑が湿っている時は仕事にならない。

すくい上げられたジャガイモがベルトコンベアーに乗せられ、並走するポテト・トラックの荷台へと、ゴロゴロ、ゴロゴロ流し込まれている。

トラクターが通り過ぎたあとのジャガイモ畑を振り返ると、なんだかすべてを持って行かれ、「もう、ぐったり」という感じだ。

カメラを手に畑を歩き回っていると、奇妙な存在が気になったのだろう、人の良さそうなおじさんがクラクションを鳴らし、僕をポテト・トラックの助手席に乗せてくれた。

喜んで助手席に座ってみて気がついた。これじゃあ何も撮影できない。

僕の戸惑った様子に気づいたようで、おじさん、「あっちに乗るか?」、と巨大トラクターを指差した。

もちろん、あっちに乗るさ。よくぞ気づいてくれた。

この巨大なトラクターの上では、僕の存在は想定外だ。当然、座るどころか立つべき場所も用意されていない。

適当なところに足場を確保し、左手で近くのパイプにつかまり、右手だけで一眼レフのシャッターを切る。

上下に揺れ続けるトラクター。そうそう簡単にピントなんて合うわけがない。というのは単なる言い訳かもしれないけど。

それでも写真を見てもらえれば、何とかその迫力は伝わると思う。とにかく、ジャガイモがゴロゴロ、ゴロゴロ。いつまでもゴロゴロ、ゴロゴロ。

ポテト・トラックの荷台に大量のジャガイモが流し込まれ、いっぱいになると、次に待機していたトラックがすぐにトラクターの横にすうっとやってくる。

その連携プレーといったら、まさに職人芸だ。

再び空っぽの荷台にジャガイモが流し込まれ始めた。ゴロゴロ、ゴロゴロ。

いけね、ポテト・トラックが入れ替わるタイミングでトラクターから飛び降りるべきだった。懸命に写真を撮っていたらタイミングを逃してしまった。

もう次のポテト・トラックが横付けしているので、危なくて下に降りられない。

さてさて、もう1回、はじめからお付き合いすることになった。最初から、ジャガイモがゴロゴロ、ゴロゴロ。いつまでもゴロゴロ、ゴロゴロ。

この島では30種類以上のジャガイモをつくっているらしいけど、僕が見たのはこぶし2つ分ぐらいはある、メイクイーンをとんでもなく大きくしたようなジャガイモだった。

PEIのレストランでは、これがベイクドポテトなんかになって、付け合せとしてドンと出てきたりする。

確かに僕も旅の最中に、丸々1個、ベイクドポテトを食べはした。中がほっくりで皮も香ばしくて。

本当においしいけれど、いくらなんでも丸々1個は食べすぎだ。PEIにいるとなぜか食欲が増してしまう。

そう言えば、付け合せだけではなく、この島ではアメリカから移住してきた2人の女性がポテト・ウォッカやブルーベリー・ウォッカをつくって人気を集めている。

映画「大脱走」では、ドイツ軍の収容所に捕らえられた米兵役のスティーブ・マックィーンがジャガイモで酒をつくり、7月4日の独立記念日にイギリスなど連合軍の兵士たちに酒をふるまう場面があったっけ。

マックィーンが「植民地製の酒だ」と酒をふるまう許可を求めると、イギリス軍将校が、「よし、反逆者に万歳」と返す、そんなイキな会話だった。

PEIで飲んだポテト・ウォッカは、ジャガイモの香りがほんのりする上品な酒だった。

マックィーン特製の酒は、本人もそうだけど、飲んだ誰もが「ワーオ」と声を出していたから、きっとPEIのポテト・ウォッカをぐっとワイルドにしたような味だったと思う。

ちなみにPEIでは、道路を走るポテト・トラックからこぼれ落ちたジャガイモは、勝手に拾ってもいいというルールがあるそうだ。

あれだけ満載しているんだから、少なからずこぼれ落ちるのも当然だ。

ジャガイモをいっぱいに積んだポテト・トラックが、まるで船の汽笛のように、ブオ~っと煙を出して走り去っていく。

僕も次のトラックが横付けされる前にトラクターから飛び降りよう。ジャガイモの酒のことなんて考えていないで。

3回目のゴロゴロ、ゴロゴロは遠慮しておこう。さすがに左手がしびれてきた。

小説『赤毛のアン』では、アンの家でも親友ダイアナの家でもジャガイモを栽培していました。プリンス・エドワード島の人々の暮らしに欠かせないジャガイモ。それは100年以上たった今でも変わりません。
しかも、この島ではジャガイモは料理の脇役ではなく、"主役"なのです。レストランに入ったら、赤い大地を思い浮かべながら、ポテト料理を味わいましょう。

PEIポテト
プリンス・エドワード・ディスティラリー(ポテト・ウォッカ)
カナディアン・ポテト博物館
ファーマーズ・マーケット・インフォメーション

僕とアンが見つけた14の物語
  1. 波間に浮かぶゆりかご
  2. 赤い大地の贈り物
  3. 「緑の屋根」と「緑の髪」
  4. 月夜の秘密
  5. キルトとともに
  6. berry berry berry
  7. 17人目のアン・シャーリー
  8. いまや高級食材
  9. 甘い甘いケーキ
  10. 建国の父
  11. 世界一のアイスクリーム
  12. オーガニックの島
  13. 運命を待つ郵便局
  14. 1つだけ聞いてほしいこと

著者プロフィール

平間 俊行 (ひらま としゆき)

報道機関で政治・選挙報道に携わる一方、地方勤務時代には地元の祭りなど歴史や文化に触れる取材に力を入れる。現在は編集部門を離れ、別分野の事業を担当しながら度々カナダを訪れ、カナダの新しい魅力を伝え続けている。