僕とアンが見つけた14の物語
月夜の秘密

アンを引き取ってくれた「GREEN GABLES」の住人が、マシュウとマリラのクスバート兄妹。マシュウは無口で、女性と話すことが大の苦手で、でもアンのためとなると頑として譲らない、アンのよき理解者。

一方、几帳面で真面目で、アンを愛しているけれど、だからこそいつもお小言を繰り返しているのが妹のマリラだ。
そのマリラが実は、葡萄酒をつくって村の人たちからあれこれ言われていたなんて、少し意外な感じがする。
そのあたりが酒というものの持つ魔力というか、摩訶不思議なところ。まあ、酒好きの僕にはそれがよく分かるんだけど。

お上がダメだ、と言っているにもかかわらず、自分の家でこっそり酒をつくってしまう輩はどの国にもいるし、このPEIにだってご他聞に漏れず、長年愛されている密造酒がある。
ところがなんとも不可解なのは、この島では密造酒にちゃんと名前がつけられていて、しかも島の多くの人がそれを知ってるってことだ。
「Moon Shine」。
月明かりの下でこそこそ、というあたりからこんな名前になったらしいけど、こうなるともう公然の秘密というか、秘密でもなんでもない。
ところが最近、PEIで秘密の酒をつくって堂々と販売している人がいるそうだ。しかもそれが、なかなかの売れ行きだというんだから不可解極まりない。
人気の酒の名前は「Shine」。
「Moon」という言葉はないけれど、瓶のラベルにはご丁寧に月が描かれている。もう一回言う。秘密でもなんでもないじゃないか。
そんな"秘密の酒"を手に、満面の笑みでカメラにおさまってくれたのがKen Mills。本当にいい笑顔だけど、PEIよ、本当にいいのか、これで。

彼によると、「Moon Shine」という名前さえ使わなければ当局もうるさいことは言わないとのこと。月の絵があろうが、「Shine」ならばOKのようだ。
もっとも、この酒の販売を始めた時、道行く高齢の女性から、「あんた、牢屋に行きたいのかい?」って聞かれたそうだ。僕もそう思う。
どうしても釈然としないけれど、しつこく問い質して、日本人って小うるさいヤツらだなと思われるのも癪なので、黙っていることにした。
「Shine」のアルコール度数は50度。その上を行く75度の姉妹品みたいな酒が「Lightning」。両方とも、生(き)のまま、小さなグラスで試飲してみる。
「Shine」は想像通り、「キク~っ」という感じ。
「Lightning」を試そうとすると、Kenが「本当にLightningが来るぜ」と笑った。くいっとやると、本当に稲妻が走った。

酒が今、自分の体のどのあたりを通っているのかが、はっきりと感じられる。僕の体の中は間違いなく長い管(くだ)でつながっている。
秘密の酒の原料は、「Molasses」(モラセス)。サトウキビから砂糖を精製する際に出る残りかす、とでも言えばいいんだろうか。糖蜜、とも呼ばれる褐色のどろりとした液体だ。
そう言えば、映画「ゴッドファーザーPART2」に、こんな場面があったっけ。
キューバのホテルで、アル・パチーノ演じるマイケル・コルレオーネが、マフィアの老ボスにこう言われるんだ。
「私は長年キューバと関わってきた。最初は糖蜜の密輸だ。君の父親と組んでな」と、ニヤリ。
キューバのサトウキビから生み出されるモラセス=糖蜜。アメリカの禁酒法時代、カナダからアメリカへと酒が密輸されたとも聞く。

これは1つにつながっていく事柄なんだろうか。今度調べてみようと思う。
「Moon Shine」は、マフィアが登場するような物騒な酒じゃあないと思う。みんなが自宅に集まってこっそりと楽しむ酒だ。
Kenは、親戚がみんな集まった結婚披露宴の時、甘いフルーツカクテルにこっそりと「Moon Shine」を流し込んでおいたそうだ。そういうこと、やりそうだよ。
「披露宴はさぞかし盛り上がったでしょ」
「そりゃそうだよ、ハッハッハッハッハ」。
大声で笑い飛ばされた。
明るい酒の席にぴったりの、いい笑顔だ。
「Shine」はプリンス・エドワード島(PEI)の「ザ・ミリアド・ビュー・アーティザン・ディスティラリー」という醸造所で製造されています。ここではボトル製造を体験することができます。PEIでは年々地元産のお酒が楽しめるスポットも増えてきました。シャーロットタウンのダウンタウンには、地ビールが飲めるパブがあります。また、ワイナリーもここ数年の間にいくつかオープンしています。
プリンス・エドワード島州政府観光局(ワイナリー)
ザ・ミリアド・ビュー・アーティザン・ディスティラリー
ガーハン・ハウス(ビール醸造所)
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著者プロフィール
平間 俊行 (ひらま としゆき)
報道機関で政治・選挙報道に携わる一方、地方勤務時代には地元の祭りなど歴史や文化に触れる取材に力を入れる。現在は編集部門を離れ、別分野の事業を担当しながら度々カナダを訪れ、カナダの新しい魅力を伝え続けている。