赤毛のアンと世界一美しい島

~ここにしかないプリンス・エドワード島に出会う~
村岡花子と赤毛のアン

日加修好85周年記念『モンゴメリと花子の赤毛のアン展』

日加修好85周年記念『モンゴメリと花子の赤毛のアン展』

カナダからやってきた赤毛の女の子に息を吹き込んだ村岡花子。原作の国カナダに負けず劣らず「赤毛のアン」のファンが多い日本で、日加修好85周年を記念して、2014年3月から『モンゴメリと花子の赤毛のアン展』を日本全国で開催します。本展覧会では、ルーシー・モード・モンゴメリと村岡花子という、小説「赤毛のアン」で結ばれた二人の女性の人生を日本初公開の貴重な資料で紹介します。

実施概要

会期: 2014年3月~2015年2月頃
会場: 全国百貨店催事場及びギャラリー
主催: 赤毛のアン展実行委員会ほか
監修: David Macdonald, trustee, and Ruth Macdonald, who are the heirs of L.M. Montgomery and Heirs of L.M. Montgomery Inc.
赤毛のアン記念館・村岡花子文庫
後援: カナダ大使館、カナダ観光局、プリンス・エドワード島州政府観光局
協力: 東洋英和女学院、山梨英和中学校・高等学校、ゲルフ大学(カナダ)、新潮社
企画: Beans,Inc.

展覧会スケジュール(8/1現在)

地域 会場 会期
山梨県甲府 岡島百貨店 2014年3月27日~4月8日
愛知県名古屋市 ジェイアール名古屋高島屋 2014年5月1日~5月12日
東京都中央区 三越日本橋本店 2014年5月21日~6月2日
福岡県北九州市 北九州文学館 2014年6月14日~7月13日
大阪市中央区 大丸心斎橋店 2014年8月7日~8月18日
福島県福島市 中合福島店 2014年8月22日~9月1日
岡山県岡山市 天満屋岡山店 2014年9月10日~9月23日
沖縄県那覇市 リウボウ百貨店 2014年10月7日~10月19日
静岡県静岡市 松坂屋静岡店 2014年11月18日~11月25日
広島県広島市 広島三越 2015年1月2日~1月12日

※開催予定:宮城県仙台、神戸、京都、広島、新潟、札幌

村岡花子

運命の一冊

Anne of Green Gables原書

昭和14(1939)年、第二次世界大戦の勃発直前、欧米文化排斥の風潮のなか、東洋英和のカナダ人宣教師たちは次々に帰国を余儀なくされた。教文館で働きながら、35 年の長きにわたって日本の女子教育と女性や子ども向けの本の出版に献身してきたミス・ショーも、帰国を決心した。ミス・ショーは友情の記念にと、愛読していた1 冊の本を花子に手渡す。いつか訪れるであろう平和の時に、日本少女たちに紹介してほしいというメッセージを託して。
花子に贈られた一冊の本"Anne of Green Gables"は、のちに花子の手によって日本語に訳され、日本の若い女性たちに希望を与えることになった。

この本には、ミス・ショーのサインが記されている。

原稿用紙

直筆原稿用紙

ルーシー・モード・モンゴメリの"Anne of Green Gables"は、やせっぽちでそばかすだらけ、ニンジンのような赤い髪の孤児のアンが、周囲を巻き込みながらいつも前向きに生きてゆく物語だった。アンが憧れるふくらんだ袖のドレスは、花子を育ててくれた婦人宣教師たちが着ていたもの。パウンドケーキの焼ける匂い、砂糖漬けの味、お茶会、詩の暗誦……すべて馴染みのあるものばかりだった。自分の少女時代と重なる文化や学校生活に、花子は夢中で読み進んだ。
灯火管制の下、アンの愉快なおしゃべりやおかしな失敗を娘のみどりの寝物語に聞かせながら、花子は翻訳を続けた。出版の当てもなかったが、カナダに帰国した友人たちへ友情の証を立てるような気持ちをペンに込めた。『アン・オブ・グリン・ゲイブルス』は家族の命の次に大事な本だから、留守中に空襲があったら書きかけの原稿と一緒に防空壕に運んでほしいと家族に頼んだ。
そして敗戦。寄せ集めの原稿用紙に書かれた翻訳原稿は700枚あまりになっていた。

三笠書房 初版本

赤毛のアン 日本初版本

昭和27 (1952)年『赤毛のアン』は、三笠書房から刊行された。ミス・ショーから原書を受け取ってから13年、そして訳了から7年が経っていた。
『赤毛のアン』刊行前に、一番問題になったのはタイトルだった。原題"Anne of Green Gables"を直訳すると『緑の切妻屋根のアン』となるが、日本人には何の事だかわからない。花子は『夢見る少女』『窓辺の少女』『窓辺に倚る少女』など、ロマンティックなタイトルを考えていた。出版元の三笠書房でさんざん話し合い、『窓辺に倚る少女』に決めて帰宅した夜、社長からじきじき電話があった。
若い担当編集者が『赤毛のアン』はどうだろうと言っているという花子は気に入らなかった。「嫌です。絶対嫌です」と断って電話を切った。しかし、二十歳になる娘のみどりの「素晴らしいわ! ダンゼン『赤毛のアン』になさいよ。いい題よ。『窓辺に倚る少女』なんておかしくって」という意見で、花子ははっと我に返った。この物語を読むのは若い人なのだ。若い人の感覚のほうが正しいのかもしれない――。
こうしてタイトルはぎりぎりで『赤毛のアン』に差し替えられた。

その他、翻訳家・村岡花子の生涯や活動を、貴重な写真や資料で紹介。

村岡花子
王子と乞食
柳原白蓮

ルーシー・モード・モンゴメリ

赤毛のアンの手書き原稿

赤毛のアンの手書き原稿

今回の展覧会では、"Anne of Green Gables(赤毛のアン)"の貴重な手書き原稿を見ることができる。マシュウに連れられてグリン・ゲイブルスに到着したアンが、初めてマリラと出会う第3章である。
「昨年わたしは一冊の本を書いたが、誰にも内緒にしていた。こんな本を出してくれる出版社なんて見つからない――そう思ったから。でもタイプ原稿が出来上がると、それをボストンのL・C・ページ社に送った。やきもきしながら待つうちに二カ月たったが、やっと二週間前に返事が来た。あなたの本を出版しよう……」長年のペンフレンドに宛てた手紙にこうあるので、ひょっとするとこの手書き原稿をタイプ原稿にして出版社に送ったのかもしれない。
赤毛のアン「第3章 マリラ・カスバートの驚き」の冒頭ページと、章の最終2ページ。女の子を見てマリラは驚き、「男の子じゃないから私をほしくないんだ」とアンが嘆くシーンである。よく見るとマシュウがパイプをしまうところで終っており、出版された本には存在するこの後の2~3行がこの手書き原稿にはまだないことがわかる。

アンの想い出の日々

「1942年4月24日、間際まで執筆を続けながら、モンゴメリは逝去した。夫ユーアンの精神疾患、足の怪我や戦況悪化からのストレス故の神経衰弱に悩んだ末の死だった。そしてその当日、"The Blythes are Quoted"と題されたタイプ原稿の束が出版社に持ち込まれた。今回修正の入ったそのタイプ原稿が展示されている。
1974年に"The Road to Yesterday"と題して縮約版が編集出版され、2009年に全作品を収録した"The Blythes are Quoted"が出版された。日本ではモンゴメリ没後70年、『赤毛のアン』出版60年にあたる平成24(2012)年に『アンの想い出の日々』として刊行された。翻訳は、村岡花子の孫である村岡美枝がおこなった。今回展示されているのは、作品の前半、第一次世界大戦前の炉辺荘で、アンが自作の詩を家族に読んで聞かせる場面とその詩、またスーザンを含む家族の感想や意見がつづられている。

スクラップブック

スクラップブック

19世紀後半から、日記をつけることとスクラップブックづくりが欧米の女性の間で流行した。記念となる様々な小さなものをノートに貼り付け、後で眺めて思い出に浸ったり、客に見せて話題の種にしたりした。モンゴメリも熱心にスクラップブックつくりに励み、6冊が現存している。結婚式の招待状、友人や知人からもらったカードや絵葉書、パンフレット、ファッション雑誌からの切り抜き、服の余り布、押し花などあらゆる楽しいものが貼り付けてあり、その時々にモンゴメリが何に興味を持っていたのかを知るヒントになる。
モンゴメリは貼るものの配置や色取りにこだわり、何度も貼り替えたり付け加えたりした。趣味で撮影した写真の紙焼きもたくさん貼られていて、島の自然描写の美しさで知られる著作の表現力の源泉をうかがわせる。現存する6冊のうち、モンゴメリがプリンス・エドワード島で暮らしている間に作られた、青と赤のスクラップブックがよく知られている。スクラップは何回も張り替えられ、必ずしも年代順に並んでいるわけではない。

緑のスクラップブックは1897~1899年に作られたもので、今回日本で初公開される。自作の詩や短編を掲載した、雑誌や新聞の切抜き多く集めている。収められている短編小説や詩は、家族向けのものが多く、イラスト代わりにモンゴメリの写真が使われている作品もある。のちに『赤毛のアン』にも使われた、バニラと間違って塗り薬をレイヤーケーキに入れてしまったエピソードは、1897年に"A New Fashoned Flavoring(今風の香料)"として書かれ、翌年雑誌に発表されたことがわかる。最後のページは「メイフラワー・メッセージ」という詩だが、これはアンが好きだった花でもある。

その他、ルーシー・モード・モンゴメリの生涯や作家活動を、貴重な展示品や資料で紹介。

アンシリーズ
マゴグ
グリーン・ゲイブルス

L. M.モンゴメリ子孫からのメッセージ

ケイト・マクドナルド・バトラー

カナダより、私ケイト・マクドナルド・バトラーが家族の代表でご挨拶申し上げます。私たちは、1908年に出版された"Anne of Green Gables"の著者L. M.モンゴメリの子孫です。
私の祖母は、単に優れた小説家だっただけではなく、日記作家でもあり、写真家としても、また書簡作家、スクラップブック製作者としても非凡な才能を持った人でした。私は祖母の功績に対して大きな誇りと、注目すべき遺産を名誉に思っています。
「赤毛のアン」は100年以上も出版され続けており、その数は5千万部にものぼり、25か国語以上にも翻訳されています。
1952年に村岡花子さんによって初めて日本の読者に紹介されました。私はこの翻訳によって日本ーカナダ間の理解が深まり、お互いの友好関係を親密にする助けになったと信じています。
L. M. モンゴメリの子孫として、今回の展示会へのご来場を心より歓迎させていただきます。今年はカナダと日本外交85周年を記念する年でもあります。私自身もカナダのトロントから展示会に参加する予定で、モンゴメリの曾孫の一人に当たる、息子グレイドンとお伺いすることをとても楽しみにしております。
感謝を込めて

ケイト・マクドナルド・バトラー

Greetings from Canada from Kate Macdonald Butler on behalf of my family, who are the heirs of L.M. Montgomery, the world famous author of Anne of Green Gables, published in 1908.
Not only was my grandmother a gifted writer but she was also a gifted diarist, photographer, letter writer and keeper of scrapbooks. I have grown up with great pride in my grandmother's achievements and continue to honor her remarkable legacy on behalf of her heirs. Anne of Green Gables has been in print continuously for more than one hundred years, has sold over 50 million copies, been translated into more than twenty five languages.
Anne of Green Gables was first translated and introduced to Japanese readers in 1952 by famed Japanese translator Hanako Muraoka. I believe this translation helped to create a closer understanding and friendship between Canada and Japan. Anne's popularity in Japan was greatly helped by Ms. Hanako Muraoka's faithful and authentic translation.
On behalf of the heirs of L. M. Montgomery, I would like to welcome you to this wonderful new exhibition curated by Beans Inc. which will be touring Japan this year, 2014, in honor of the 85th anniversary of diplomatic relations between Canada and Japan. I look forward to attending myself and will be travelling from Toronto, Canada, with my son Graydon, one of the great-grandchildren of L . M. Montgomery.
Thank you,

Kate Macdonald Butler