赤毛のアンと世界一美しい島

~ここにしかないプリンス・エドワード島に出会う~
村岡花子と赤毛のアン

村岡花子― 「家族と本」を愛し抜いた人
=美枝・恵理姉妹が語る祖母への思い=

PEIの旅から戻った僕が出会ったのは、「ANNE of GREEN GABLES」を翻訳し、この物語を「赤毛のアン」として世に送り出した村岡花子さんの孫、村岡美枝さん、恵理さんの姉妹。

もしこの1冊の本がなかったら、日本とカナダ、少なくとも日本とPEIはこれほど強くは結びつかなかっただろうし、僕の旅も存在しなかったと思う。

そして、村岡花子さんはどうして最後までPEIを訪れなかったのか、という素朴な疑問も僕の中に残ったままだ。

だから美枝さん、恵理さん姉妹に会い、村岡花子さんを知ることは、今回の旅の締めくくりでもあるんだ。

美枝さんは祖母と同じ翻訳の道を歩み、妹の恵理さんは作家として祖母の人生とその時代をつづった「アンのゆりかご 村岡花子の生涯」(新潮文庫)を出版している。

「アンのゆりかご」は、NHKの朝の連続テレビ小説『花子とアン』(2014年3月31日スタート)の原作でもある。

2人の話から浮かび上がってきた僕にとっての村岡花子さん。

それは、生涯にわたって「家族と本」を愛し抜いた人。そして、「本の持つ力」を信じ続けた人だ。

湯気がたってた私のジェラシー

村岡恵理 祖母がなくなった時、私は生まれて11カ月。祖母を知らないんですよ。神様が決めた時間だからどうしようもないけれど、私には祖母の記憶がまったくなくて。

それなのに、家にあった「ぐりとくら」とか、祖母が贈ってくれた子供の本には全部、「みえちゃんへ おばあちゃまより」って姉の名前が書いてある。

「ぐりとぐら」は大好きだし(姉のおさがりだから)汚れているのは仕方がないけれど、本を開くたびに「みえちゃんへ」「みえちゃんへ」―。

だから子供のころの私は、何百回も読んでるうちに、また「みえちゃんへ」なんだなと、しっかり刻みこまれてしまった。私も欲しかったなあ、「えりちゃんへ」っていうのが。

村岡美枝 まあ、上の子というのは、そういうことはあまり感じないかもしれないですね(笑)。

村岡恵理 (「ぐりとぐら」の作者)中川李枝子さんが祖母について書いてくださった時、家で「ぐりとぐら」を探し出して、本を開いた瞬間に私、「うわあっ」って忘れていた感情が沸き起こってきたんです。

そうなのそうなの、うちの絵本は全部「みえちゃんへ」だったんだって。

幼い頃のわたしのジェラシーが生々しくよみがえってきて、しかもまだホクホクと湯気がたってた(笑)。

それは私の中の祖母へのあこがれでもあって、だから祖母を追いかけて、「アンのゆりかご」を書くモチベーションにもなったのだと思うんです。

村岡美枝 祖母が亡くなった時、わたしの方は小学校3年生。

父の仕事の関係で大阪にいた時は、電話とかお手紙でこんな本が読みたいの、と言うと、祖母はすぐに送ってくれました。その前にアメリカに住んでいた時も、私の七五三に祖母はわざわざ着物と帯とぽっくりを送ってくれたり。

小学生になったら今度は小学生向けの日本の雑誌を送ってくれて。孫のリクエストには本当によく応えてくれましたね。

私の方はそんなふうに、ある程度祖母と触れ合った記憶があるから、亡くなってからもいつもそばにいてくれるような気がして、ある種の安心感みたいなものがありましたね。

だから恵理の方が、客観的に祖母をとらえている気がします。